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〈新潟県 燕三条〉 暮らしの道具の生まれ故郷。/ISSUE013

新潟へ向かう時、いつも川端康成の小説・雪国が思い浮かぶ。関東と新潟を隔てる三国山脈をトンネルで抜けると、その前後で天候や風景がガラッと変化してまるで小説の冒頭で描写される景色を彷彿とさせるからだ。

僕らが乗り込んだ上越新幹線とき号は快晴の関東平野を北へ向けてひた走っていた。
関東最後の停車駅・上毛高原を発車すると長い長いトンネルに入り次に地上の明かりを見る頃、列車は新潟に入っている。

30キロもの長大なトンネルをくぐり抜け、ようやく現れた車窓は鉛色の空と霞んだ山々の景色だった。
高速で走る新幹線の窓ガラスに雨粒がぶつかっては、水滴がほぼ一直線に真後ろへと流れてゆく。

「こんなに天気が悪いとかなり寒そうだ、薄手のコートだけで大丈夫だろうか」そんな不安がよぎったが「新潟に来た」という実感が強くなりワクワクもしていた。

暮らしの道具が生まれる街へ

▲燕市を流れる日本最長の河川・信濃川は燕三条を金属加工の街としての地位を築くのに大きな役割を果たした。

列車は徐々にスピードを緩め、「くらしの品 ハイテクのまち 三条市」と書かれた看板の横を通り過ぎるとまもなく燕三条駅に到着する。

「くらしの品」この言葉にひかれるように2年ぶりに燕三条を訪れた。
古くから“金属産業の街”として栄えてきた燕市と三条市。

僕らが普段から食事の時に使っているスプーンやフォークの持ち手の裏を見てみるとブランド名が刻印されているが、その多くがこの地に拠点を構えている。

カトラリーや鍋、包丁など僕らの生活に欠くことのできない金属製品が日々作り出されている。
この街はまさに、暮らしの道具の生まれ故郷なのだ。

燕市産業資料館の展示にふれる。金属産業と歩む街の、歴史と今を紐解く

▲コンクリート打ちっ放しと連続するガラス面が特徴の燕市産業資料館。
豊富な展示と体験プログラムが魅力。

相変わらず雨は降り続いていた。
2年前は駅近くでレンタサイクルを借りて燕市産業資料館に行ったのだが、この天気ではとても自転車には乗れないし30分ほどかけて歩いて行くのも気が重い。
そこまで距離もないしと思いタクシーに乗り込み向かうことにした。

燕市産業史料館はカトラリーなどの洋食器、工芸品に興味がある人は是非訪れてほしい場所だ。

▲高い評価を受ける燕三条のプロダクト。
山崎金属工業が手掛けるカトラリーはノーベル賞の晩餐会でも使用される。

本館では燕市と金属産業の歴史を紹介する展示から始まり、一枚の銅板を職人が打ち伸ばして作られる伝統工芸品・鎚起銅器の湯沸や急須、匠の技によって精巧に作られた美しいキセルの展示へと続く。

新館では昭和に入って急速に普及した日本のステンレス製洋食器や、人々が豊かになるにつれて求められたデザイン製の高いプロダクト、さらには航空機の翼など高い技術力が求められる分野に使われる金属製品を紹介している。

▲1977年に創設された燕市物産デザインコンクールは地域全体でのデザイン性向上に一役買った。

心躍る体験は旅の思い出をより一層深く

見どころ溢れる展示が燕市産業資料館の魅力だがそれだけではない。
錫の一枚板から小皿を作る体験、純銅のタンブラーや錫のショットグラスを木槌で叩いて槌目を入れる体験、鎚起銅器の製作体験などの充実した体験プログラムがとても楽しいのだ。

中庭に面した体験工房館からは「カンカンカンッ カンカンカンッ」とリズミカルに木槌を打つ音が聞こえてきた。
ガラス張りの窓から中を覗くとスタッフの方に教わりながら楽しげに体験をする人の姿が見える。

以前ここで「錫の小皿づくり体験」を楽しんだことを思い出す。
「もう少し木槌で強く振ってみて。そうそう、そんな感じです!」丁寧な指導を受けながら取り組んでいると、一枚の金属の板がお皿の形へと変化し、思い描いた模様が表れてゆく過程が印象的だった。

▲展示室の壁には様々な用途に使われる金属を目を引く形で展示されていた。

燕三条背脂ラーメン。街と産業と、働く人々を食から支え続ける

あまりにもゆっくりしすぎたのでそろそろと思い外に出ると、いつの間にか雨は上がっていた。

燕三条に行ったら再訪したいと思っていた場所がもう一つある。
それがこの日のお昼に行こう決めていた燕三条背脂ラーメンを味わうことができる「まつや食堂」だ。

燕三条背脂ラーメンは、三条カレーラーメン、長岡生姜醤油ラーメン、新潟あっさり醤油ラーメン、新潟濃厚味噌ラーメンと共に「新潟五大ラーメン」の一つに数えられている。
工場で働く人々に求められた魚介ダシを効かせた濃いめのスープに背脂を浮かべ、出前をしても伸びにくくおいしく食べられる太麺が特徴だ。

地域に愛される“街の中華食堂”、まつや食堂に再び

▲街中には大小様々な金属に関する工場が建ち並んでいる。
この街と金属産業の距離がいかに近いかを実感できる。

住宅と金属工場が立ち並ぶ道を20分ほど歩くとまつや食堂へやってくることができる。
店の前の駐車場にはお客さんが乗ってきた白い商用車が停まっていて、店内ではお昼のワイドショーが流れるテレビに時折目をやりながらラーメンを口に運ぶお客さんの姿が見られる。

いかにも地域に愛された“街の中華食堂”といった雰囲気がたまらなく好きだ。

▲魚介ダシを効かせたスープに背脂を浮かべた燕三条背脂ラーメン。
力強くも優しい味わいだ。

カウンター席に腰を掛け、中華そばと餃子を注文した。
数分ほどで運ばれてきた熱々のラーメンを一口すすると以前と変わらない感動が口一杯に広がった。

ガツンとした強そうなラーメンのはずなのだが不思議と優しい味わいにも思える。
それはきっとこの街の産業を作る人々に寄り添い、食で支え続けてきた歴史の中で生まれ、今も愛される味だからなのかもしれない。

“MADE IN 燕三条”が勢揃い。燕三条地場産センター

▲“MADE IN 燕三条”が取り揃えられた800㎡の広さの即売所を併設した道の駅 燕三条地場産センター。
街を楽しむ時の拠点にもなる。

食べ終わったあとは燕三条駅にも近く、燕三条を楽しむ際の拠点にもなる「道の駅 燕三条地場産センター」に立ち寄った。
この中にある物産館では洋食器、調理道具、刃物から職人技が光る工芸品まで燕三条で作られる様々な製品が勢揃いしている。

「自分の生活に取り入れたなら…」そんな想像が膨らむ素敵なくらしの品々につい目がうばわれる。

▲燕三条地場産センターにはショーケースに入ったプロダクトも並ぶ。
さらに奥に行くと即売所が。

SANJO PUBLISHING。ここは“まちを編集する”書店兼喫茶

燕三条地場産センターを後にし、再び駅へと戻った。
どうしても行ってみたいお店があり、1〜2時間に一本間隔の列車の時刻を見計らっていたのだ。
ローカル線に乗りやってきたのは一駅隣の北三条駅。

“まちを編集する”がコンセプトの書店兼喫茶「SANJO PUBLISHING」は駅から歩いて10分ほどで辿り着く。
新潟らしさを感じられる雁木のある商店街の一角に店を構えていた。

ガラスの扉を開けて中に入るとまず目に飛び込むのは、大量に積まれたブルーとピンクのポップな表紙が特徴の本「うしろめたさの人類学」だ。

▲新潟らしい雁木のある商店街の一角にSANJO PUBLISHINGはお店を構えている。

店内は左側の壁に沿って客席がいくつか並び、奥の方には中二階へと繋がる階段、その横にレジが置かれている。左側の壁にはラワンの本棚が造り付けられていて、建築やデザイン、アート関係をはじめとしたこだわりの本が並んでいた。

「これは面白そう…!」気になった本をいくつか手にとってパラパラとめくってみる。
大型書店ではなかなか目に留まらない本達もここぞとばかりに自分の存在を主張しているような気がした。

中でも気になったのが「SNOW,WITH…」と題された、雪国の風景を捉えた写真と文章で構成された一冊。
奥付を見ると富山、新潟、秋田出身の3名によって作られたようで、せっかく新潟に来たのだからと購入することにした。

この場所は、街と人を繋ぎ続ける

▲店内ではお気に入りの本を片手に、一杯ずつ丁寧に淹れられたコーヒーを楽しむことができる。

客席に座ってコーヒーを飲みながらページを進めてゆく。
すぐ側のカウンターではお店の人と訪れた二人組と何やらコーヒー豆について楽しげに話していた。

しばらくして「お騒がせしました。今日はお近くからですか?」と声を掛けていただいたのをきっかけに、この書店兼喫茶や街のことを教えてくれた。

三条市の地域おこし協力隊として活躍するメンバーでここを立ち上げ運営しているのだという。
「僕は以前の経験をいかして喫茶部門を担当しています。さっき来てた二人は新潟の大学生でネルドリップのコーヒースタンドをやっているんですよ」このお店は街と人、それぞれを繋ぐ拠点にもなっているらしい。

いつの間にか帰りの列車の時間が近づいていた。
これを逃すと暫く待つことになる。
お礼をして慌ててお店を後にした。

帰宅時間に重なり、プラットホームではたくさんの学生達が列車を待っている。
一際賑やかな列車に乗り込み北三条を離れた。
いつかまた、暮らしの道具が生まれるこの街を再訪する日を心待ちにしながら。

燕三条のプロダクト。美しさと機能性を兼ね備えた珈琲考具のコーヒーポットとドリッパー

イッシュウカンの取材手帖-8ページ目〈珈琲考具のコーヒーポットとドリッパー〉

日々の暮らしに安らぎのひと時を与えてくれる一杯のコーヒー。
燕三条で“暮らしの道具”を生み出す下村企販が手掛ける珈琲考具シリーズは、そんなコーヒータイムをより豊かなものへと変えてくれる。

精密な加工が実現した抽出口の真下にお湯が落ちるコーヒーポットと、高いデザイン性に使い勝手の良さをあわせ持つドリッパー。

“金属産業の街“燕三条が鍛えたプロダクトからは、確かな信頼性と使う人を想う優しさが感じられるのだ。

朝の時間を豊かにしてくれる、朝倉家具の「波乗りパン皿」

イッシュウカンの取材手帖-9ページ目〈朝倉家具の波乗りパン皿〉

新潟に拠点を構える朝倉家具が作る「波乗りパン皿」。

“自然との共生”をコンセプトに掲げ、森と真摯に向き合い、こだわりを持って作られる朝倉家具のプロダクト。家具の取手などに使われる真鍮は燕三条の街で作られている。

波乗りパン皿にももちろん多くのこだわりが詰め込まれていて、使えばその良さが実感できる。

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