山に囲まれたその町は僕らのイメージとは異なる場所だった。
群馬県 中之条町。
四万や沢渡などの温泉地が有名な自然美溢れるこの町が芸術祭の舞台にもなっているとの噂を聞き、訪れることにしたのだ。
2年に一度行われている「中之条ビエンナーレ」はこれまで8回行われており、第9回となる次回の開催は2023年9月。
残念ながら今年は実施の無い年ではあったが、会場でその名残りやアートな景色を垣間見ることができるのではと密かに期待していた僕らは、
まず初めに情報収集として観光案内所へ向かうことにした。
中之条町ふるさと交流センターtsumuji。町の気になるスポットをリサーチ。
▲ 中之条町のイメージキャラクター“なかのん”が出迎えてくれる「中之条町ふるさと交流センターtsumuji(つむじ)」は
カフェやショップ、足湯の他に観光案内所も併設している。
案内所へは駅から緩やかな坂道を登ること徒歩15分ほどで到着。
中に入ると既に若い女性の2人組がいて、スタッフの人と何やら話している声が聞こえて来る。
「ビエンナーレの作品は〜」「おお、そんなのあるんだ〜」
やはり期待した通りで開催期間外でもこの町には芸術祭を感じられるスポットはありそうだ。
2人組が案内所を後にしたので、スタッフの人に尋ねてみる。
「ビエンナーレの何かが観られるとこってあったりしますかね?」
聞くところによると先程の2人組にも同様の説明をしていたようで「伊参(いさま)スタジオ」というところに“ジェット二宮金次郎”なる物があるという。
二宮金次郎とジェット…。二つのミスマッチ具合が如何にも現代アートな香りを漂わせてくれる。
そばきり吾妻路。並んでも食べたい街道の名店。
▲とろろそば1,200円。栃尾の揚げ焼き200円。
急いでジェット二宮金次郎の元に向かおうかと思ったのも束の間、気がつけばお昼時だったので一旦ランチタイムへ。
案内所でも教えてもらっていた「そばきり吾妻路」に向かったが噂通りの行列で少し時間がかかりそうだった。
隣に構える「梅松食堂」という焼きそば屋とで迷ったが行きのJR草津号車内で食べた山賊焼弁当の脂に胃をやられていたため、
さっぱりとした蕎麦ランチにすることに。
結局1時間ほど待っての入店となったが、やはり蕎麦にして正解だった。
胃の中の山賊焼の残党たちを蕎麦の清涼感が一掃してくれる。
栃尾の揚げ焼きやだし巻き卵などサイドメニューが充実しているところも人気の所以なのだろう。
お腹も満たされたところでいよいよ伊参スタジオに向かおうとしたがある不安が頭をよぎった。
スタジオっていきなり行って入れるものなのだろうか…?そもそも休館日だったりしないだろうか…?
駅から車で20分となかなかに距離があることもあり、行ってやってませんでしたではたまったものではないと思った僕らは直接電話をかけて確認してみることにした。
数コールかけて出たのは張りのある男性の声。
どうやら無事開館しているとのことなのでこれから向かうことを告げて電話を切った。
伊参スタジオ。群馬映画の中心地には“ジェット二宮金次郎”。
▲「伊参スタジオ」にはコキアが咲き誇り、入口には意外に小さい「ジェット二宮金次郎」が…。
伊参スタジオに到着するとジェット二宮金次郎にはすぐに会うことができた。
建物の入口で背中のロケット噴射など気にも留めず書を読む金次郎。
想像よりも小さいと感じたがそもそも学校にいる金次郎は大抵このサイズだったことを思い出した。
館内に入ると一人の中年男性に声をかけられた。
どうやらここの管理人をしているらしく「もしかして先程電話くれました?」とのこと。
電話の向こうにいた張りのある声の主であった。
親切にも館内を案内してくれるとのことなのでお言葉に甘えることに。
伊参スタジオは、廃校となった小学校の跡地を利用した施設。
かつて群馬県の人口200万人記念として製作された映画「眠る男」の撮影拠点としても使用された。
現在この場所で映画を撮ることは殆どないとのことだが、今なお「眠る男」のファンや多くの映画人に愛され、
映画で使った小道具の展示や、ビエンナーレの会場、伊参スタジオ映画祭の会場など多方面で活躍しているらしい。
▲かつて稼働していた大きな映写機。映画祭の会場にもなる体育館には一面に中之条の自然を描いた幕が設置されている。
通常は見学する場所ではない2階や体育館まで隅々案内していただき、これまでのビエンナーレの資料なども見てからスタジオを後にすることに。
来年のビエンナーレでも伊参スタジオは会場になるようで管理人さんも当日は受付などをするとのことなのでまたその時期に来訪することを告げると去り際、「来年また会いましょう。」と声をかけていただいた。
オリンピックパン店。名物“レトロパン”と共に愛される老舗。
▲「オリンピックパン店」は1934年創業の中之条の老舗。
パッケージがかわいい“レトロパン”はジャム・ピーナッツ・クリームなど種類も豊富。
日も暮れた頃、最後に立ち寄りたいところがあったことを思い出した。
観光案内所に向かう途中に見かけたレトロなパン屋が気になっていたのだ。
伊参スタジオから戻るタクシーの車内でそのことを運転手さんに告げると「この時間だともう閉まってるかもしれないなあ」と言われてしまったので恐る恐る向かうと幸い店はまだ開いていた。
閉店間近のため商品はほとんどなくなっていたが、奇跡的に“レトロパン”のジャム味だけが残っていたのでトレーに乗せお会計へ。
ギリギリ間に合ったことに安堵していると店主の女性からビエンナーレの下見かと尋ねられた。
どうやら先ほどの伊参スタジオにもいたが、来年の開催に向けてもうこの段階からアーティストが会場の下見に訪れてくるらしい。
話を聞くとお店自体がビエンナーレの作品の一部になることもあるとのことなので来年のビエンナーレの時期に再訪することを告げると「また会いましょう。」と声をかけられた。
本日2度目の「また会いましょう。」だった。
「また会いましょう。」という“言葉の引力”
▲帰り際、マロンケーキとコーヒー牛乳のおまけまでいただいた。
帰りの車内では「来年のビエンナーレや映画祭でまた中之条に訪れたい」「今度は四万温泉の宿でも取ってのんびりこの町を回るのもいいだろう」などと再訪の妄想を膨らませていた。
たしかに中之条は見所の多い良い町だったが、僕らを突き動かすのはきっとこの町で聞いた「また会いましょう。」という“言葉の引力”なのかもしれない。
中之条の人たちとの再会の日を待ち侘びながらまた次の旅に備えようと思う。
text: Masato Okada
“使い続けたい”、そう思わせてくれる伝統工芸の曲げわっぱ「入山メンパ」
中之条で作られる曲げわっぱ「入山メンパ」は、群馬県ふるさと伝統工芸にも指定されています。
地元の山から切り出された赤松や桜の木の皮から作られる入山メンパ。接着剤や金属釘を一切使わない伝統的な製法が守り抜かれています。
天然素材で作られた入山メンパの魅力は入れる食材などにもよって異なる経年変化です。いつまでも「使い続けたい」そんなふうに思わせてくれます。
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