中部地方と世界の様々な都市とを結ぶ中部国際空港まではあと二駅というところで名古屋から乗ってきた列車を降りた。
愛知県名古屋市とその周辺の街で開催されている芸術祭「あいち2022」の舞台のひとつに「焼き物の街・常滑」が含まれていることを知り、なんだか面白そうなので足を運んでみることにしたのだった。
▲陶器で作られた招き猫は常滑の名産品の一つ。
巨大招き猫「とこにゃん」や、招き猫がズラリと並ぶ「とこなめ招き猫通り」に興味をそそられ常滑へと足を運んだ。
常滑市と言えば伊勢湾を埋め立てて作った国内屈指の規模を持つ「中部国際空港がある街」としてのイメージが大きい。
文字通り“中部地方の空の玄関口”としての顔を持つ一方で日本を代表する焼き物の産地でもあるのだ。
同じ愛知県内の瀬戸や、越前、信楽、丹波、備前と共に古くから続く陶磁器窯である日本六古窯(ろっこよう)にも数えられている。
その歴史はとても長く、1000年にもなるのだという。
▲市街地に近い丘陵地帯には多くの窯元が集まり、煉瓦造りの窯と煙突がそびえ立つ独特の風景を作り出した。
かつて知多半島には数多くの陶磁器窯が点在していたが、時代を経るにつれて次第に現在の市街地に近い小高い丘に集まってきたのだそうだ。
ここは今でも窯元や焼き物を販売するお店が多く残っており、「やきもの散歩道」として散策や買い物を楽しむことができる。
▲手前の「廻船問屋瀧田家」の邸宅と、その奥に見える近代的なビル群の向こうには伊勢湾が広がっている。
かつてはここで作られた大型の壺や甕(カメ)などを船に乗せ日本各地に運ばれていたのだという。
常滑駅からは芸術祭に合わせて運行されているシャトルバスに乗り込んだ。
バスは、常滑で作られたお皿や急須などの茶器の販売をしている「陶磁器会館」や、常滑焼の歴史についてふれることができる「とこなめ陶の森 資料館」に停まりながら進んでいった。
車窓からは陶器を取り扱うギャラリーなどを見ることができ、「焼き物の街」に来たのだと実感させてくれる。
しばらく走っていると「INAXライブミュージアム」に到着した。
▲INAXライブミュージアムは、LIXILの前身であり現在はブランドの一つであるINAXの歴史や常滑について知ることができる。
かつて土管製造に使われていた窯と建物を活用した資料館を中心に、見どころに溢れる展示が多くある。
INAXライブミュージアムは住宅設備を取り扱うLIXILのブランドのひとつであるINAXの歴史にふれながら、常滑の焼き物の魅力を存分に体感することができる施設だ。
大正時代から50年にわたって土管などの製造をしていた窯と建物を活用した資料館を中心に、建築をより一層美しく見せてくれるタイルやテラコッタの資料館、東京駅などの歴史的価値が高い建物の修復に使われるタイルを実際に製造している工房など6つの建物から成り、見どころに溢れている。
▲「帝国ホテル本館」に使われたスダレ煉瓦は、ここ常滑で製造されたのだそうだ。
ホテルの一部は名古屋市に近い犬山の「明治村」に移築され展示保存されている。
美しいタイルを使った作品作りや絵付けなどの体験も楽しむことが出来るのだが、あいにくこれ程までにもボリュームたっぷりだとは思っておらず体験をする時間を取ることができなかった。
焼き物への興味がより一層深まる展示の数々を見学した後は常滑のもう一つの楽しみである、やきもの散歩道を散策するため名残惜しいがINAXライブミュージアムを後にしてバスに乗り込んだ。
▲ミュージアム内の土・どろんこ館では企画展「蔵出し!昭和のタイル再発見」が行われていた。
色とりどりのタイルの中には昔ながらの家で時折見かける懐かしいものも。
やきもの散歩道へ足を踏み入れると煉瓦造りの窯や、空へ向かって伸びる煙突が至る所で見られた。
場所によっては車1台ほどの幅もないような道が街の中を迷路のように張り巡らされている。
道の左右には常滑で作られた器や動物をモチーフにした可愛らしい陶器を取り扱うお店が多くあり家族連れや友達同士などたくさんの人で賑わっていた。
お店を見かける度についつい足を留め、中に入ってみたくなってしまう。
街中には工場や古民家をリノベーションした洒落たカフェなどの飲食店が点在しているので、お腹が空いたときや一休みをしたい時にちょうど良さそうだ。
▲昭和の風景がそのまま残っているのが常滑の魅力の一つ。
古い建物は陶器を販売する店舗や、カフェなどの飲食店としても使われていた。
やきもの散歩道は古い建物をそのまま残し、昭和にタイムスリップしたかのような景観が魅力だが斜面や足元に目を向けると「焼き物の街」ならではの変わった景色が目に入ってくる。
ここ一帯は小高い丘になっていて坂が多く、道と民家などの敷地との間には高低差が出来ている。
高低差がある部分の斜面は普通は土留めとしてコンクリートなどで固められているが、この辺りではコンクリートに変わって土管や焼酎瓶を再利用して積み固めているのが随所に見られた。
さらに坂道になっている部分の路面には波紋のような模様が入っている。
これは「ケサワ」という土管を焼成する際に使用した廃材を滑り止めとして敷き詰めている為だ。
▲土管坂は常滑を代表する風景の一つ。
ここを訪れた多くの人が積み上げられた土管や焼酎瓶に目が釘付けになっていた。
特にやきもの散歩道の途中にある「土管坂」は左手の斜面にはに土管、右手には焼酎瓶、路面にはケサワが敷き詰められていて見所の一つになっている。
この土管坂を登り切ったところには「土管坂休憩所」と名付けられた空き家を活用した休憩スペースが設けられている。
地図を片手に散歩道を右へ左へあちこち歩き回っているとどうしても一息つきたくなるものだがそんな時には是非、土管坂休憩所に立ち寄ってみたい。
休憩所の入口は開け放たれていて気軽に入れそうな雰囲気だったので少しお邪魔してみることにした。
入ってみると「こんにちは」と親切そうなスタッフの方々が出迎えてくれた。
ここでは陶器の販売も行っているようでお猪口やミニチュアの恐竜など様々な種類の商品が棚に何点も並べられている。
「なにか良さそうなものがあるのでは」と一通り見ていると、陶器が陳列された棚のすぐ近くに「常滑牛乳アイス」と書かれた業務用冷凍庫が置かれているのが目に入った。
▲常滑で作られた箸置きもミニチュア恐竜と共に陳列されていた。
焼き物の素材自体の色とポップな文字色に惹かれて購入した。
“ご当地アイス”には人を惹きつける魔力のようなものがあると言っても過言ではない。
「ちょっと一休みできれば」くらいの気持ちで入ったが、気がつけばアイスと陶器の箸置きを手にレジへ向かっていた。
お会計の際の「この箸置きもここで焼いたものですよ。どうぞゆっくりしていってくださいね。」の一言がこの旅をより一層思い出深いものにしてくれた。
▲旅先で見かけたらついつい買わずにはいられないのが“ご当地アイス”だ。
常滑牛乳アイスはすっきりした味わいで美味しい。
休憩所を後にして再び街を散策しつつ気になるお店をいくつか訪ねた。
陶器というと生活に最も身近な器やコップ、建物の内外装に使われるタイルや水回りに欠くことができない衛生陶器がイメージされるが、常滑のお店では人形や休憩所で見かけたミニチュアの恐竜のように動物をモチーフにしたものも多くかけられる。
これらは「ノベルティ」と呼ばれる海外輸出用に作られたものなのだそうだ。日本の職人の丁寧な手仕事から生み出される精巧な作りが海外で評価を受けたことに加えて、円安相場により比較的手頃な値段で輸出することが出来ていたことから多くの窯元で様々な種類のノベルティが作られていたのだという。
▲ギャラリーを併設したカフェ「常々(つねづね)」では、プラザ合意によって引き起こされた円高相場により、大きなダメージを受けた常滑のノベルティ輸出産業を題材にした田村友一郎による作品が展示されていた。
一点一点微妙に表情が異なるなどユニークで魅力的なものが多く見受けられた。
その一方で、相場が円高に推移し輸出の需要が減少したことと、国内向けも茶器や器などもライフスタイルの変化により全体的な需要が減少し、廃業する窯元も増えてしまったのだそうだ。
▲土管工場の住宅として使われていた建物はシアスター・ゲイツによる作品「ザ・リスニングハウス」として生まれ変わっていた。
作者にとってこの作品は「第二の故郷・常滑」への恩返しとしての取り組みの始まりだという。
それでもなお、知多半島の自然や大地が生み出す土と水、常滑の地で絶やすことなく燃え続けてきた火によって、伝統を受け継ぐ「常滑焼」が数多く作り続けられている。
思いのこもった一品を迎え入れるときっと僕らの暮らしはもっと豊かになるのだろう。