西武線沿線で生まれ育った僕にとって最も馴染み深い特急列車といえば地元を走るレッドアローだった。
いつも乗っている電車よりも大きな窓、専用ホームからの発着など乗る度に少し特別な気にさせてくれた。
就職を機に東京へ越してきてからも地元に戻る時はレッドアローを使う事が多かった。
そんな幾度となくお世話になった列車が新型に変わったのは2019年の3月だった。
ちょうどムーミンと北欧の世界を体験できるテーマパーク「メッツァ」の開業で注目を集めた時期だ。
新型特急Laview<ラビュー>、街に溶け込む美しさ
▲美しい球体のような先頭部分と、特徴的な大型窓が並ぶ特急ラビュー。
新たにLaview<ラビュー>と愛称がつけられたこの列車の特徴はなんといっても球体の様な先頭形状、シルバー一色の車体、そして床面から天井まで届きそうなほど大きく切り取られた窓だろう。
外観は金沢21世紀美術館や自身の出身地でもある茨城県の日立駅などを手がけた建築家・妹島和世の監修によるものだ。
“建築界のノーベル賞”とも称されるプリツカー賞を建築ユニット「SANAA」を共同主宰する西沢立衛と共に受賞している。
▲SANAAとして手がけた<金沢21世紀美術館>と<直島港ターミナル>、どちらも街のシンボルとして親しまれている。
コンセプトに「いままでに見たことのない新しい車両」とあるように、鉄道車両の常識とは一味違った特徴的な作りだ。
しかし決して奇抜であったり周囲から浮く訳ではない。
むしろ車体全体に塗装されたシルバーの特殊な塗料によって、周囲の景色に溶け込み、時に映り込む事で、柔らかで優しい印象を与えてくれる。
列車は建築と違い、常に一点にとどまっているわけではない。
天候や走っている場所によって列車自体の存在感すらも変化させるようなとても不思議な感覚を持たせてくれている。
大きな窓は街との距離をより近く
▲列車としては見たこともないほど大きな窓からは奥武蔵や秩父の山々をダイナミックに眺めることができる。
池袋駅のプラットホームに立つと大きな窓から心地良さそうな座席が並んでいるのがよく見える。
車内に乗り込むと想像したよりももっと開放的で心地の良い空間が広がっていた。
デッキ部分の壁や座席はかつて西武線を代表していた”黄色い電車”を思わせるイエローで、床は全体にグレーの厚手の絨毯が敷かれている。
あまりにも大きな窓では落ち着かないのではとの心配は杞憂だった。
窓ガラスには半透明のドットの様なプリントがなされており、窓下端にいくにつれて濃くなっていく事で適度な安心感を与えてくれる。
リビングのような心地良さに包まれる
▲車内の天井は緩やかなカーブを描いている。座席も丸みを帯びていて優しい印象を与えてくれる。
指定された席に腰をかけると、リビングの様なプリーツカーテンと球体から削り出したかの様な身体を包み込んでくれる座席が落ち着いた雰囲気を感じさせてくれた。
茶色の落ち着いた照明はここが寛ぎの空間であることを教えてくれているようだった。
1号車と5号車には広くて清潔なお手洗いがついていて長い旅でも安心だ。
また、5号車にはトイレの他に女性専用のパウダールームも設置されている。
▲座面や肘掛けから一体でつながるようにデザインされた座席。
包まれるような安心感と居心地の良さがある。
この街と共に、次の100年へと走り出す
列車は定刻通りに池袋駅を発車した。
かつてのレッドアローとは比べ物にならないほど静かに走り出した事に驚く。
列車が西へ進むにつれて景色は都会から武蔵野の面影を残す郊外へと変化していく。
飯能へ近づく頃には加治丘陵や奥武蔵の山々を随分近くに見ることが出来る。
途中、線路沿いには多くの親子がこちらへ向かって手を振っていた。
運行開始から3年が経過しているにもかかわらず多くの子供たちに注目される列車なのだと教えてくれる。
▲足元から天井まで伸びる大きな窓からは穏やかな日が差し込む。
こちらへ向けて手を振る沿線の人々の姿も良く見える。
この列車は001系の車両形式があてられており、西武鉄道の次の100年に向けた出発点である事を意味しているのだそうだ。鉄道会社だけでなく沿線の街やそこで暮らす人々の次の100年に寄り添い、沿線地域と共に時代を作り上げる列車になっていくのだろう。
飯能駅でメッツァへ向かう多数の乗客と共に列車を降り、スイッチバックで秩父へ向けて発車していく列車を見送った。
走り去る列車の窓越しに、車内で思い思いに寛ぐ人々の姿が見える。
ラビューは観光だけでなく通勤や買い物などでの利用も多く、沿線住民の生活に密着している。
飯能や秩父への旅をもっと特別で思い出深いものにしてくれるはずだ。
池袋駅から40分、飯能で過ごすスローな時間
ISSUE 001 僕らの街は、意外なところで繋がっている。前編〈埼玉県 飯能〉
池袋駅から特急ラビューで40分。
北欧のライフスタイルとムーミンのテーマパーク「メッツァ」の開業に沸く飯能。
“林業の街”として栄えた飯能は古くから森とともに生きてきた。
「自然との共生」が街のコンセプトでもあり、今でも森との密接な関わりがある。
飯能の森から切り出された「西川材」を使ったカヌーに乗りこみ、山間の湖へと漕ぎ出すと、時の流れがスローに感じられるのだった。
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