今回の旅では、多少高くついても早くて便利な旅客船だけで島々を移動していた。
前回の瀬戸芸では全てフェリーだったこともあったからだろうか、どうにも物足りない気がしていたのだ。
宅配便のトラックや、軽トラが次々と船内へと吸い込まれていくフェリーはいかにも“地域を支える足”という感じがして旅の中で一度は乗りたくなってしまう。
▲出港を待つフェリー「なおしま」には乗客と共に、島の暮らしを支える“働く車”が次々と積み込まれていった。
旅の最終日、直島・宮浦港までは宇野港の出発時間の都合が良い旅客船か、乗りたかったフェリーにするか迷ったが、少々早起きをしてフェリーを使うことにした。
港に着くと既に乗船が始まっていたようで、船内の前方や窓側の席は多くが埋まっていた。
動き出してから一つ上のデッキへ上がってみる。
日差しは強いが、進行方向から受ける潮風がとても気持ちいい。
やはりフェリーにしてよかった。
▲視線が高いフェリーからは瀬戸内海の美しい景色を眺められる。
宇野港からはわずか20分ほどで宮浦港に到着する。
妹島和世と西沢立衛による建築ユニット「SANAA」が手掛けたフェリーターミナルに出迎えられ、「現代アートの島」に降り立ったのだと実感させてくれる。
▲コンパクトかつ機能的にまとめられたらフェリーターミナルは、まち全体とひとつになっているように感じさせられる。
すぐ近くには草間彌生作の「赤かぼちゃ」も見られる。
周辺には藤本壮介作「直島パヴィリオン」や、大竹伸朗作「直島銭湯 I♥湯」など多数の作品がある。
I♥湯は“銭湯”と名が付くだけあって実際に入浴する事も可能だ。
▲実際に入浴もできる「直島銭湯 I♥湯」。実は男湯と女湯で作品のディテールが異なるのだとか。
宮浦港は岡山・宇野港の他に香川・高松港や、小豆島・土庄港など、大都市や主要な島への航路があり、文字通り直島の玄関口としての役割を果たしている。
SANAA設計のフェリーターミナルは、フェリーに積み込む車の待機スペースや、乗客の待合所、売店、イベントスペース、島内を結ぶ路線バスの乗り場などを、水平への広がりを感じさせる大屋根で覆った一体的な造りになっている。
フェリーターミナルが宮浦のまちと一体となり、これから始まる直島の旅を思うととてもワクワクしてくる。
直島は宮浦の他、戦国末期から城下町として栄えた本村、農漁村の積浦、島の南側の美術館やホテルなどのベネッセハウス周辺の地域と、北側の三菱マテリアル・直島製錬所の大きく5つの地区に分けられる。
▲三分一博志作「The Naoshima Plan 『水』」。
この地域の建物が持つ特徴と地下を流れる水を可視化し、体感できる作品だ。
僕らは先ず本村を目指した。
この地区には瀬戸内の伝統的な家屋が建ち並び、美しい町並みを見せてくれる。
これらの古民家を改修し、活用したアートプロジェクトである「家プロジェクト」の7軒の作品がまちの中に点在している。
それぞれの建物自身が持つ記憶を留めながらこの地に根付いたアート作品として魅力的に映っている。
アートが島の暮らし・文化と美しく溶け合った地域だと感じさせてくれる。
▲家プロジェクト第一弾「角家」に展示されている宮島達男作「Sea of Time’98」。それぞれの数字が水中でランダムなペースでカウントされるこの作品の制作には、直島の人々も携わって完成した。
古民家を活用しているのはアート作品だけでない。
古い建物を改修したカフェなどの飲食店も多く見かける。
僕らが昼食に選んだ、島ピザが味わえる「LUKE’S PIZZA&GRILL」も築80年の和船を作る職人の工房兼民家だったのだそうだ。
ピザのトッピングには地域の食材が使われていて、“瀬戸内の食”を楽しむことが出来た。
▲和船職人の工房兼民家を改修した「LUKE’S PIZZA&GRILL」。
瀬戸内の食材を使った“島ピザ”が味わえる。
次に目指したのは、ベネッセハウスに近い「杉本博司ギャラリー 時の回廊」と「地中美術館」。
本村地区からベネッセハウスまでは積浦地区を抜ける、多少高低差のある海沿いの道を進むことになる。
集落の中を走っていると右手に斜面に沿って段がついた田んぼが見えてきた。
「まさか島の中で稲作が行われているのか!」と思い近くにある看板を読んでみた。
実はここ一体はかつて島を支える穀倉地帯だったのだそうだ。
しかし時代の変化により耕作放棄されてしまっていたが、2006年に田んぼに再び水を張り、苗を植え、米作りが再び行われるようになったのだという。
秋の時期にはきっと金色に輝く美しい風景をみることが出来るのだろう。
田植えや稲刈り、収穫したお米を使ったもちつき体験なども行われているのだそうだ。
再び自転車を走らせると道の脇から「あとちょっと!頑張れ!」と声が聞こえた。
何事かと思い声がする方をみてみると、自転車を漕ぎ進める僕らを地元の方が励ましてくれていたのだ。
「ありがとうございます!」と返して先へと進んだ。
この島では多くの人々がアート作品とここに訪れる人々を受け入れてくれているようだった。
▲「海景」などご展示されてから「杉本博司ギャラリー 時の回廊」。
「聞鳥庵」を眺めながら、お茶とお菓子を楽しめた。
杉本博司ギャラリーは前回の瀬戸芸2019の時にはまだなかったのでとても楽しみだった。
ここでは“ガラスの茶室”「聞鳥庵」と瀬戸内海を眺めながらお茶とお菓子を頂くという珍しい体験が楽しめた。
地中美術館は前回も訪れていたが、是非今回も行ってみたいということで足を運んだ。
構造物のほとんどが地中に埋まっている独特の造りと、わずかに地上に出ている採光部からの自然光のみで鑑賞する、クロード・モネの「睡蓮」がとても興味深い。
▲安藤忠雄設計の地中美術館はそのほとんどが地面に埋まっている。展示されているジェームズ・タレルやウォルター・デ・マリアの作品も見応えがある。
鑑賞を終えた僕らは、帰りのフェリーに乗り遅れるわけにはいかないので少し早めに宮浦に戻り自転車を返却する。
ターミナルが目と鼻の先なので少しだけまちをブラつくことにした。
ふと気になって中を覗いたのは食器や生活雑貨が所狭しと陳列された「かえるとイルカ」。
実はここにあるのは“売り物”ではないのだそうだ。
島民がもう使わなくなったものをここに持ち寄り、気に入ったものがあれば訪れた人が持ち帰ることが出来る場所なのだった。
“島の中で大切に使われていたものを受け継ぐことができる”というのがとても素敵に思い、食器を2つ頂いていくことにした。
▲遠ざかっていく宮浦港を船尾から眺めていた。こんな景色が楽しめるのもフェリーならではだ。
もうじき出港時間なのでターミナルに戻ってフェリーに乗り込んだ。
「現代アートの島」として注目を浴びる直島だが、作品と共にこの島の生活の息遣いを感じられることも、訪れる人々を魅了しているのかもしれない。
出港の準備が整い、フェリーがゆっくりと動き出した。
すぐにデッキへと駆けあがり、去っていく直島を眺めていた。
コメント