宝伝港を出発した小型の旅客船「あけぼの丸」は港の防波堤を越えた途端、エンジンを唸らせながらぐんぐんと加速してゆく。3キロほどしか離れていない犬島には僅か10分ほどで着いた。
▲宝伝港から犬島までの距離は3キロにも満たない。
港を出たあけぼの丸は迫力満点の走りであっという間に犬島へと連れて行ってくれる。
1909年、銅の精錬を目的に犬島に建造された「犬島精錬所」。
銅の価格が大幅に下落したことで採算が取れなくなり、僅か10年後の1919年には操業を停めてしまった。
一時は5,000人を超える人々が暮らしていたと言われる犬島。
長い年月を経て精錬所の遺構は「犬島精錬所美術館」として再生し、今この島には多くのアートファンが訪れている。
▲青空に映える「犬島チケットセンター」は特産品なども買えるほか、島の名物を味わえるカフェも併設している。
かつての民宿をリノベーションしたものなのだとか。
歪にそびえる煙突と、カラミ煉瓦の織りなす景色の中へ
僕らはまず港からすぐのチケットセンターに立ち寄り芸術祭のパスポートと冷たい飲み物を買ってから、何本もの煙突が歪にそびえる方へ向かって歩いて行った。
▲チケットセンターの建物を出た後は煙突がそびえる方へ向かって歩いて行けばすぐに入口が見えてくる。
美術館の敷地内に入ると、「カラミ煉瓦」で作られた構造物が見えてくる。
カラミ煉瓦とは、銅を精錬する過程で発生する不純物などの廃棄物を活用して作られたものなのだそうだ。
迷路のような構造物の間を抜けてゆくと建築家・三分一博志が手がけた建物が見えてくる。
中は一組ずつ間隔を空けて進んで行くようで、建物に入ってすぐのなんとか暑さを凌げる場所でしばし待つこととなった。
▲銅を精錬する過程で発生するカラミを固めて作られた「カラミ煉瓦」が活用されている。
柳幸典「ヒーロー乾電池」の世界
数分ほどで僕らの番がやって来た。
「どうぞお進みくださーい。ここから先は風が吹いていて涼しくなっていますがエアコンは使っていませんよ。」と説明を受けた。
かなり涼しいので“本当にそんな事があるのだろうか?”と思いつつ薄暗い通路をゆっくりと進んでゆく。
犬島精錬所美術館には柳幸典による「ヒーロー乾電池」と名付けられた、建物と一体になったような6つの作品が展示されている。
これらの作品は、日本の近代化に警鐘を鳴らした小説家・三島由紀夫をモチーフに作られているのだそうだ。
1つ目の作品は「イカロス・セル」と題されており、三島由紀夫の随筆「太陽と鉄」を連想させる。
薄暗く何度も曲がりくねった通路の進んでゆく先には常に“本物の空”が映し出され、後ろを振り向くと“燃えさかる太陽の映像”が浮かびあがるというなんとも不思議な体験をすることが出来る。
通路を抜けた先にある作品は、渋谷区松濤にあった三島由紀夫が住んでいた家の建具や階段を組み合わせて作られているそうだ。
デュシャンのレディメイドの概念を彷彿とさせる便器も作品の一つとして使われているのがユニークだ。
一通り見終わると想像を上回る見応えがあり面白い作品だった。
▲カラミ煉瓦と巨大な煙突、そして自然の力が美術館内を快適な温度に保っているのだという。
その仕組みには驚かされた。
「知ってみるのと知らないで見るのは違ってくる」熱い思いが響く
外に出て建物の周囲を見学した後に、なにか良いお土産はないだろうかと半戸外のようなスペースに作られたミュージアムショップを訪れた。
ふと後ろから「知って見るのと、知らんで見るのじゃ違ってくるじゃろう」と熱のこもった声が聞こえて来た。
どうやら椅子に座っている女性が見学者にこの美術館のことを説明してくれているようだった。
とても興味深いお話をされているようなので僕らもその中に混ぜてもらうことにした。
美術館が開館した2008年からガイドとして、訪れる人々に美術館のことはもちろん、この島での暮らしやここに住まう人々が精錬所の遺構とどのように付き合ってきたのかを伝え続けているのだそうだ。
僕らが“本当はエアコンをよく効かせているのでは?”と疑問に思うほど涼しかった館内は、この島に残されたカラミ煉瓦と煙突、島に自然にある地中の熱、太陽の熱、空気をうまく利用しているのだと教えてくれた。
巨大な煙突とカラミ煉瓦。“在るもの”が作り出す不思議な空間
▲夏の暑い日には80℃近くにもなるカラミ煉瓦は蓄熱性が高く、日が暮れた後もなかなか温度が下がらない。
逆に一度冷やせば安定的に低い温度を保ってくれる。
夏の暑い時期は、建物と一体の熱を伝えやすい金属が、15℃程度の地中の温度を橋渡しをすることで、館内のカラミ煉瓦を冷やす。
一度温めたり冷ましたりすると、蓄熱性が高いカラミ煉瓦は、地上よりも涼しい地中に近い温度を長時間保ってくれるのだとか。
建物とつなげられた高さ40m、直径3mにもなる精錬所の巨大な煙突がもたらす「煙突効果」により、カラミ煉瓦で冷やされた空気が館内を循環するのだそうだ。
「島で働く大人の男の人は、夏の日の一番暑い時間になると煙突の下で寝っ転がっとった。ここが涼しくなることをみんな自然に理解しとった。」と子供の頃に見た記憶の中の景色を話してくださった。
▲半戸外のようなスペースはガラス張りの屋根になっている。
降り注ぐ太陽光が床に敷き詰められたカラミ煉瓦を温めることで冬場の暖房の役割を果たす。
冬場になると、まずミュージアムショップがある半戸外でガラス越しに太陽の熱が取り込まれる。
半戸外の床はカラミ煉瓦が敷き詰められていて取り込んだ太陽の熱を効率よく蓄えてくれる。
自然と温められた空気は煙突効果で館内を循環し、夏場同様に快適な温度を保つのだそうだ。
リアルで楽しい、島の思い出話
島にあるものだけでこれほどのシステムが作られていることに素直に驚いた。
美術館の建物だけでなくかつての島の暮らしについても思い出と共に語ってくださった。
▲精錬所や発電所の建設、犬島石の採掘で切り開かれた森も、時間の経過とともに深い緑が覆いかぶさっている。
「こんなにまわりを海に囲まれていても海で泳いだりはせんかった、なんでかわかるか?ここは犬島石の産地だったから昔から山を削ったり掘ったりしててそこに自然と池ができた。だからみんなこっちで泳いどった。」「昔は沢山人が住んでいたから岡山の中心部まで船が出とった。だから対岸の宝伝よりもハイカラな街だったんよ。」、このようなかつて島で営まれていた暮らしにまつわるリアルな話がとても面白い。
小さな島が僕らに語りかけること
犬島精錬所美術館のコンセプトでもある「在るものを活かし、無いものを創る」、お話の端々でこの島では以前から残されたもの・元からある自然と共に生きてきたことが感じ取れる。
▲「本当に大切なものは何だろうか」、犬島の景色はそんなことを語りかけてくるようだった。
“より快適に、もっと便利に”そんなことを日々思ってしまうが、実は既に在るものを活かすことで案外解決できてしまうものかもしれない。
今回、大変貴重なお話をしてくださったスタッフの方は土曜日・日曜日限定でガイドとして活躍しているのだそう。
僕らは美術館を後にして島の中の散策に出た。目の前に広がる景色に先ほど伺った話を重ね合わせてみると、なんだか別の景色が浮かび上がってくるようだった。
〈直島〉瀬戸内に浮かぶ、アートな島を巡る旅
ISSUE 008 暮らしとアートが寄り添う島。〈香川県 直島町〉
瀬戸内が“アートなエリア”として認識されるきっかけを作った舞台の一つ香川県・直島。
建築家ユニット「SANAA」設計のフェリーターミナルを抜けると、草間彌生の赤かぼちゃにで迎えられ、「現代アートの島」に降り立ったのだと実感が湧いてきた。
島内に点在する様々な作品や、「杉本博司ギャラリー 時の回廊」「地中美術館」「李禹煥美術館」といった美術館など見どころにあふれている。
「かえるとイルカ」との出会いのように、この島を訪れてみると暮らしとアートが寄り添うように同居している光景が魅力的であった。
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