厚手のコートを羽織り、マフラーをぐるぐるに巻いて家を出る。
「あぁ、失敗したかもしれない」そう思う日が増えてきた気がする。
春がやって来たというにはまだ早いけれど、少し前のような厳しい寒さの日はだいぶ減ってきて、日中ならもう少し身軽な装いでも良さそうな日が多くなったように思う。
春の訪れを感じさせる空気に街が包まれると、「一年の中で冬が一番好きだ」と思っていてもなんだかんだ春がやって来るのを心待ちにしていたのだと気づかされる。
春の陽気に誘われ、各駅停車の旅へ
▲東海道新幹線の車窓に映る桜は、あっという間に後方へと流れ去ってゆく。
この季節になるとお気に入りの音楽と本を持ち出し、青春18きっぷで各駅停車の旅に出たくなる。
新幹線に乗っていると瞬く間に走り去ってしまう風景や、トンネルでショートカットしてしまい目にすることもなく通り過ぎてしまう街の中を、春の柔らかな陽ざしが射し込む列車に揺られながら、のんびりと旅をするのがとても好きなのだ。
何年か前、青春18きっぷを握りしめて乗り込んだ東海道本線の車窓には桜が咲き誇っていて、この先に待ち受けている春色に染まった街の景色を想うと期待に胸が膨らんだことを思い出す。
さあ、青春18きっぷの旅へ踏み出そう。買い方や使い方
「青春18きっぷ」はJRが春、夏、冬の年に3回、長期休暇のシーズンに合わせて発売する切符だ。
その特徴はなんと言っても、この切符1枚でJR全線の普通列車が5日間乗り放題になること。
1枚の値段が12,050円だから1日あたりわずか2,410円で“時間と気力が許す限り”どこへでも、どこまででも行くことができる。
名前からして年齢制限があるのかと思われるが、そんなことはなく何歳でも使える。
5日分とは言っても連続で使っても何回かに分けて使ってもよく、期間中であれば行ける時に好きなタイミングで旅に出ることができる。
また、1枚の切符を旅の仲間とシェアすることも可能だ。
青春18きっぷはみどりの窓口や、「指定席券売機」と書かれた券売機で購入することができる。
2023年春の分は既に発売されていて、3月1日(火)~4月10日(日)まで利用することが可能だ。
▲青春18きっぷを購入すると4枚にわたる「ご案内」が発行される。
ひと通り目を通せば使い方がよくわかる。
快速や特別快速、新快速などを含むJRの普通列車専用の切符のため、新幹線や特急列車は特急券を別に買ったとしても乗車が出来なかったり、自動改札機が使えず駅を出入りする際には、駅員さんに青春18きっぷを見せる必要があったりと少しだけ不便なところはあるが、それもまた使っているうちに楽しくなってくるのだ。
1日あたり2,410円と思うとつい「出来るだけ遠くまで行かなければ」と思ってしまうかもしれないが決してそうでなくても良いと思う。
その日の気分で行き先を決めてしまったり、途中の気になった街でふらっと降りてみたりと気軽に旅ができるのも醍醐味のひとつだ。
▲夕暮れの水郡線 東館駅。
ローカルでどこか懐かしい雰囲気が印象的だった。
青春18きっぷの旅先案内。おすすめのあの街
「青春18きっぷで旅をしてみたい!」と思ったら、先ずは東海道本線や山陽本線沿いの街を目的地にしてみるのがおすすめだ。列車の本数はそこそこ多いし、沿線の街はどこも個性にあふれ魅力的だ。またメジャーなルートであり、移動のコツや楽しみ方といった情報収集が比較的しやすい。
愛知県 名古屋市/犬山市/常滑市
名古屋はグルメの街だ。
ひつまぶしや味噌カツ、きしめんに名古屋コーチンといった王道の名古屋飯の他にも、あんかけパスタや味仙の台湾ラーメンなど魅力的なグルメで溢れている。
夜は“本の世界を旅する”ホテルで列車内で読んでいた本の続きをじっくりと読み耽るのも良い。
名古屋の朝といえば小倉トーストとコーヒーの「名古屋式モーニング」を忘れてはいけない。
忙しなくすぎる朝の時間をコーヒー片手にゆっくりと過ごすひと時は格別だ。
▲“本の世界を旅する”がコンセプトのランプライトブックスホテル。
ロビーから客室に至るまで快適な読書空間づくりがなされている。
名古屋からは名鉄電車に乗って現存12天守のひとつ犬山城がある城下町「犬山」の散策や明治村で歴史ある建築を巡ったり、陶器の巨大な招き猫が待ち受ける「常滑」で焼き物に触れてみても楽しい。
▲フランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテル正面玄関 通称・ライト館は 、その美しさから明治村の見どころのひとつ。
▲両脇には土管、地面に“ケサワ”が敷き詰められた土管坂は焼き物の街 常滑を象徴する風景だ。
この街の行き方=東京→名古屋=
○所要時間:東京から東海道本線で約6〜7時間
○乗換:3回〜(熱海,沼津,豊橋など)
京都府 京都市
「そうだ」この一言で大体の日本人は京都の街を思い浮かべてしまうはずだ。
古くから守り抜いてきた伝統や人々に愛される老舗の数々。京都の街はその中にも常に新しい文化や流行を取り入れ本来は相容れない両者を共存させ、発展を続けている。
新旧が見事に調和する京都の街。
次に訪れるときはどんな景色を見せてくれるのだろうか。
▲産寧坂(三年坂)から望む五重の塔と、現代京都を象徴する京都タワー。
新旧の共存こそ京都の魅力。
この街の行き方=東京→京都=
○所要時間:東京から東海道本線で約9〜10時間
○乗換:5回〜(熱海/沼津/豊橋/大垣/米原など)
広島県 尾道市
青春18きっぷを使って訪れた街はどこも素晴らしく思い出深い。
中でも春の尾道は印象的で忘れられない旅先の一つ。
本州側の街と尾道水道を隔てた向島、それと瀬戸内海に浮かぶいくつもの島々で構成された尾道は、さまざまな作品の舞台として描かれていて「映画と文学の街」ともいわれている。
千光寺山を染める満開の桜や、瀬戸内海と島々の描くコントラストがとても美しい。
▲春の尾道。
千光寺山一帯では満開の桜が咲き誇っていた。
この街の行き方=東京→尾道=
○所要時間:東京から東海道・山陽本線で約13〜14時間
○乗換:7回〜(熱海/沼津/豊橋/大垣/米原/姫路/相生など)
青春18きっぷを使うのだからと追加のお金をかけないようJRだけの移動にこだわってみるのも面白いが、別に飛行機や高速バスのチケットなどを買って利用すると旅先の選択肢がグッと広がり、より自由に好きな場所へ行くこともできる。
場合によっては乗車券と特急券を用意して片道だけは新幹線を使うのもありだと思う。
街や人との出会いを求め、青春18きっぷで旅をする
ところで青春18きっぷの一番の魅力ってなんだろう。
やっぱり5日間JR全線乗り放題で12,050円という値段だろうか。
とは言え5日かけて途中下車をしながらどこかの街に立ち寄って旅をしようとすれば宿泊費や食事代が嵩み、「驚くほど安い」というわけでもなくなる。
だとしたら「青春18きっぷ」というなんともロマン溢れる名前だろうか。
確かにそれはあるかもしれない。
▲3月上旬の新潟は白銀の世界だった。
街を歩いていると地元の方に声を掛けられ、雪国ならではの流雪溝への雪落とし体験をさせてもらった。
けれども、もっとも惹かれるのは普通列車にしか乗れないからこそ出会える街や人があることだったり、ゆっくりと流れる時間の中で音楽や読書に耽って自分自身と対話できることだったりするのかもしれない。
自由気ままでスローな旅は、きっと思いもよらなかった新しい発見と出会いに満ちている。
text:Tomoki Sasaki